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福岡の霊能者のつぶやき|本物霊能者の本音

玉石と村雲村⑦

つづき。


ただですね、、、ホント情けないぐらいに無力なんです、自分は。
 
無力はもちろんだけど、人は人の中でしか成長しない。その関わりと真剣に向き合い、捉え、考えて自分自身に持ち帰り、、、、ようやく人は、人の中の玉石は磨かれる。
 
家庭にも恵まれ、友人たちにも励まされ、神々様も見守って下さっているのに、何も出来てない6年でした。気づいたら時間だけが経ちました。わかりきっていたことですが、師匠が旅立ち。気づけばパワハラのなかで面白ろおかしいフリをして6年が過ぎ。この溜まりに溜まった、想いと魂の叫び。
 
 
師匠があの世に旅だって約4年、、、、ひょっとすると、それ以前より。思い起こせば6年前より自分はすごく後悔をしています。師匠は抗がん剤治療の中でも必死に神様の為、村雲の為、人の為に筆をとってくれておりました。なのに自分は自分の中で言い訳を作っては神祭も集中して行えなかった。
(それでも一緒にやってくれている仲間達には心から感謝しております)
 
環境や状況なんて、何の言い訳にもならないんですけどね。
 
結局、磨ける材料は山のように周りにあったんですけど。実際、目を覚ませば現実として今もある訳ですが。
 正直、自分が自分のことで頭をいっぱいにしすぎて、その時々の現状も状況も環境も単なる宝の持ち腐れだったんです。神様からの温かい声も、パワハラで受ける怒鳴り声も自分にとっては同じです。
活かせなかった。正面から向き合えてなかった。きっと、何かを微妙にずらしていた6年間だったと思いますし、それに気づかせてくれた大切な6年だったかも。
 
全部、口では「〇〇の為」と言いつつ、仲間と神祭を行い、パワハラに耐える6年間ですが・・・・実のところ、本心ではすべてを「自分ごと」で完結させていたことに気づきました。
 
これが、神様に言われた「神世の祭は人世の祭」。
 
そして師匠に言われた「神様の道と、人の道は別けなさい」。
 
この相反する言葉の難しいところかな、、、、、今、思えば。
まだ心の底から理解はできていません。いろいろ解釈を間違えてたんでしょうね。頭では理解してたつもりが、実は全然そこまで考えていなかった。が正解です。
 
それに気づけば自分が悔しいし、情けない。でも、このままじゃ終わらないってことも充分、わかっている自分。
 

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夢への想い⑥

つづき。

そんなこんなで、夢を追いかけられるのもあとわずか。

まぁ、こんなに家庭を顧みないお父さんには・・・間違いなくお嫁さんと息子さんは付いてこれまい(笑)

でもね、いくつになっても想像しはじめたら止まらないんですよ。

もうここまで来たら、時間という概念さえどうでも良くなってきました。寝てる間も夢の夢をみれば、自分の中では進んでいる証拠になります。そうすれば、人の時間の倍以上が、時間という概念で語れば、自分には残されています。

そして、どれだけの距離かはまだ不明ですが、その目的の延長線上に今の自分、今日の自分があると考えれば・・・あぁ、生きてて良かった。自分はまだここに居る。最近、妙にまた太りだして、健康診断の血液検査も芳しくなく、息切れが激しいし、声が枯れやすい。いくら寝てもあの時の爽快感が手に入らない。

それでも自分は生きている。一晩寝れば、日はまた昇る。

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これからの夢⑤

つづき。


「いかにこの役割や思想を現実社会に反映させるか」


これには、もう随分と・・・そうですね。思い起こせば初めて文字としてブログに書かせて貰ったのは、「今年の日記の総まとめ ③ 2009-12-31 (木) 15:40」 これがリアル村雲村の第一歩じゃないでしょうか。

その後もチラホラと機会があれば、年越しの師匠宅に伺う前に必ず更新してた「今年の日記の総まとめ ① 2010-12-30 (木) 19:27」 ここでも村雲村。

そして3年間、必死で更新し続けた結果、ネットの中での自分と現実世界での自分に区別がつかなくなり、頭がこんがらがってブログの更新をやめた時期もありましたね。

「ブログ休止のお知らせ。2011-01-04 (火) 16:45」

11年前、36歳か。 もう充分な大人だと思っていたけど、今の歳からみれば・・・まぁ、まだ小童です。なんだかんだで繊細でしたね。懐かしい(苦笑)


「役割を反映させる」そして、「今の村雲が描く自分の夢」。

いつの日か・・・いや、これは目標としてははっきりしているんですが、18年後に見直す為に。65歳になった自分の為に現在の計画表を残しておこうと考えております。

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今想う、自分の役割④

つづき。

今想う、自分の役割。

それは出来上がった橋を磨くことでもなく、補修することでもない。

自分の役割は、、、、自分の後ろ背に立つ神様の役割は、『出来た橋を行き来して貰う』そう考えています。

橋が何の為にあるかと言えば、それは「行き来」する為。あっちのものがこっちへ。こっちのものがあっちへ。それが「行き来する」ということ。

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今の自分の形③

つづき。

今の自分の形。まぁ、言葉にするといろんな表現が出来ますが、欲しいものや形にしたいものは見えております。

まぁ、これは近日、公開させて頂くとして。

本当にこの先、自分がこの世から卒業した後も、これからの日本に何が必要なのか。
自分は何を残したいのだろうか?自分は何を残せるのだろうか?自分だけに残せるものは何か?

いくつかの疑問はさておき、それ以外でまとまっているものをかき集めて、そこに『感謝』というシールが貼ってあるのですが・・・・『感謝』まで行き着いた先には、やはり『恩返し』や『報いる』という言葉が適切なのでしょうか。

時々、ここまで行っている同志を見かけはするのですが、何故か人によっては「原罪」だとか「償い」だとか「贖う」、「補充する」「支払う」「勝ち取る」などとの言葉に変換されている方々を見かけるのですが、まぁ、これは生きてきた過程や経験は皆さん、プライスレスのオンリーワンなのでしょうから、これはさておき。

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こんなん出ましたけど②

つづき。

自分でもよく分からなくなって、とにかく無くしたくないもの。失いたくないもの。

集められるだけ、集めてみることにしました。

神様への愛や情(愛、わからんけど)。師匠との思い出。家族の笑顔。友達との何気ない会話。同僚とケンカしたこと。高校の教室で、そこまで仲の良くなかった友達らと話してていきなり涙が出てきたこと。小学校からの連れが職場に来てくれたこと。唐津の海に浮かんだ月。19歳でヨーロッパをバックパックした時の恐怖。春の草の匂い。初夏の夜の香り。秋の空の雲。冬の朝の冷気。出張鑑定時の懇親会の空気感。福岡で一品持ち寄り会をした後の、次の日の片付けられていないテーブルの上。早く高校を卒業して働きたかったこと。居酒屋でアルバイトを始めて毎日、飲み歩いたこと。このブログの読者。このブログの昔の掲示板でがちがちやっていた人たち。何も考えず、松戸駅から五香駅まで歩いたこと。そして、自分の与えられた役割。自分が決めた役割。生きてきた責任。

一つほじくり返せば、そこからまたどんどんと出てくる、
無くしたくないもの。失いたくないもの。

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拾い集めてみました①

ここ最近、ずーっと似たような作業ばっかりです。

いろいろ拾い集めています。約1年ぐらい。

忘れちゃった自分の過去。師匠との思い出。神様から言われたこと。結婚した当時の嫁との会話。親しき友人の声。思い出の場所や思い出の品。小さかった頃の子供の写真。小学校まで戻って、それ以前に戻って・・・・あ。そういえば、まだ生まれた場所まで戻ってないや。お父さんとお母さんが自分を抱き上げてくれた場所。

どれもカスって、どれもドストライクじゃない。

その内、何を集めているのかさえ分からなくなってきた。

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「セルフ自己肯定の日々」のススメ。

こんばんは。皆さんお元気ですか、管理人です(笑)

いやー久々の日記更新ですね~懐かしいですね~・・・・・。

実は今、いろいろと新しい計画に向けて着々と進めておりまして・・・で、まずは早速のご報告ですが、「一回目」頓挫いたしました(苦笑)一刀両断でやられましたとさ。

それから、残っている問題を先に目途をつけたいと考えながら。

考えすぎて、仕事であり得ないミスしてどやしつけられ。

仕方ないから、お決まりの 「懐かしの小学校」→「師匠へ挨拶」を行って・・・いつも、出発地点と途中ゴール地点に足を運ばないと、なかなか復活できないルーティンを自分でつくってしまっておりまして・・・・それでも足りないと、昔の記事を片っ端から読み漁っていたら、なんだか急にブログが書きたくなりました。

システム担当に泣き言、、、、まではもう言いませんが(もうすぐ47歳なので。さすがに大人ですので)いろいろと相談をして、さっそく、2回目の下準備の途中でございます。諦めませんし、まだ1回目で諦めれるはずもない。

はい。今日は思うところあって 『自己肯定』の話でございます。

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ライブ勉強会 会場再設定のお知らせ

22時よりお集まり頂きました皆様方、大変申し訳ございません。

YouTubeライブ勉強会、調子が悪いので再度、枠を取らせて頂きました。

再会場はこちら→https://youtu.be/Ar7GBPUNYl0


よろしくお願い致します

長いトンネル

やってもやっても、先が見えてきませんね、、、、。

一昔前なら、「よっしゃ!」と小さな握りこぶし一つ分の達成感や満足感もあって、たとえ山頂がみえなくても一生みえないと知っていても何かしらの『手応え』のようなものに小さな喜びを感じていたんですが・・・これがなかなか、本当に先がみえない。

それに反して、神祭の途中で執る筆の神様の一言一言は、時に意味不明で、時に自分を落ち込ませ、時に心の深い部分を耕してくれる。

その時々で、我に返り現実を直視できたり、また反対に近い・遠い日本の姿を想像させるものでもあって、、、、これも不思議、何とも表現できない心境になります。そして、ああでもないこうでもないと、仲間内で意見を交わしてはまた集合がかかるまでしばらく日常をおくる生活・・・・まぁ、この日常そのものが「穏やか」とは決して言えないのは自身の不徳のいたす所。皆さんもご存じの通りでして(^_^;)

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