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神様

努力と天才の神のお話 ⑤

続き。

『大宰府に左遷』

その理由とは、身分が低かったにも関わらず宇多天皇に可愛がって貰い、その挙句に醍醐天皇を天皇の座から下ろし自分の娘婿に当たる(897年には娘を宇多天皇の子・斉世親王の妻とした。)斉世親王(とこよしんのう)を皇位につけようとした・・・・・これが罪状だそうですが、もちろん道真様にとっては全くと言っていいほど心当たりのない事だったに違いありません。

「東風(こち)吹かば 思い起こせよ 梅の花 主無しとて 春を忘るな」


春になったら主を忘れず、香りを私のもとへ届けてくれ梅の花よ・・・・

この歌は左遷が決まった時に可愛がっていた自宅の梅の木、菅原家の家紋にもなってる梅の花に残した歌です。東の風とは春風のこと、もしくは左遷先の太宰府から見て東にあたる京の都。そこから家紋、菅原家の象徴である梅の花の香りが来るとは、左遷が決まってもその後の良い知らせを期待した想いが込められていたかも知れません。

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努力と天才の神のお話 ④

続き

道真様の栄華が極められた時。

人としての心からの幸せを感じていたのは時はこの時かも知れません。

60代、醍醐天皇に譲位(天皇の代を譲る)された59代宇多天皇でしたが、「上皇」として宇多天皇の支配は続き政治を監督し続けました。

このたびは 幣もとりあへず 手向山 紅葉の錦 神のまにまに


「この旅は忙しく、手向山の神々様に捧げる幣も用意してありません。せめて、この美しい手向山の紅葉をお受け取りくださいませ・・・・・」

これは百人一首に納められた道真様の一句です。上皇(元宇多天皇)にお供をされ手向山八幡宮に参拝された時の歌です。いつまでも、どんな地位に立たれても神々様に畏敬の念を忘れていない事が解る歌ですね。

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努力と天才の神のお話 ③

続き。

『阿衡事件(あこうじけん)』
仁和3年(887年)11月21日、藤原基経の推薦により臣籍から皇太子となった宇多天皇は、その即位に際して、基経を関白に任じる詔勅を出した。基経は先例により一旦辞退する。天皇は左大弁橘広相に命じて二度目の詔勅を出した。その詔勅に「宜しく阿衡の任をもって卿の任とせよ」との一文があった。阿衡は中国の殷代の賢臣伊尹が任じられた官であり、この故事を橘広相は引用したのである。これを文章博士藤原佐世が「阿衡は位貴くも、職掌なし」と基経に告げたことにより大問題となる。怒った基経は一切の政務を放棄してしまい、そのため国政が渋滞する事態に陥る。基経は厩の馬を全て市中に放って怒りを表したという。心痛した天皇は基経に丁重に了解を求めるが、確執は解けない。翌仁和4年(888年)4月、天皇は左大臣源融に命じて博士らに阿衡に職掌がないか研究させた。基経の威を恐れた博士らの見解は佐世と同じであった。広相はこれに反駁する。 6月、天皇は先の詔勅を取り消して、広相を罷免した。天皇は無念の思いを日記に記している。基経は執拗になおも広相を遠流に処すことを求める。広相に罪がないことを知る天皇は窮するが、讃岐守菅原道真がこれ以上は藤原氏の為にならない旨の書を基経に送り、基経が怒りをといたことにより、ようやく事件は収まった。この事件により基経は藤原氏の権力の強さを世に知らしめ、天皇が事実上の傀儡であったことを証明したのである。ーwikipediaよりー


・・・初っ端からウィキ丸パクリで申し訳ないです(苦笑)

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努力と天才の神のお話 ②

続き。

「これ、道真。お主も少しは愛想良く笑えぬか。いかに才能に溢れていても、世を渡る才だけは無に等しいと見えるの。はははは」

「・・・・これは島田様。私はただ、わたしの信念を貫くのみ。いかに人が私の悪口も申してみても、天に背いたつもりもなければ恥ずかしい事をした覚えはありませぬ。」

島田忠臣(しまだ の ただおみ)様、道真様よりも17歳年上の方で漢詩の詩人として高く評価された道真様の師にあたる方です。特に文章博士の地位にあった道真様の父、菅原是善(すがわらのこれよし)公に特に愛されその願いによって道真様の歌の師匠となられた御方でした。

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努力と天才の神のお話 ①

間に合うか解りませんが・・・・今年最後の力を振り絞って、「努力と天才の神、菅原道真公伝」ですmm

心温まるストーリーでと、リクエスト頂いてたんですが、、、、ちょっと難しいかも(苦笑)この神は学問の神として有名ですが、その真の姿を知る方はあまり多くありません。福岡の方で初詣に行かれる方はぜひ一読して参拝して頂きたいです。まぁがんばります(笑)

『努力と天才の神、道真公伝』

皆さんもすでにご存じの、福岡を代表する神社 「太宰府天満宮」。

そこに祀られる神様は、人間より神となられ、幼き頃より天才と謳われた神。天満宮様、菅原道真公とはただの学問の神ではございません。先に菅原氏の歴史を簡単に説明しときますと、遡れば祖先は天穂日命(あめのほひのみこと)神と言われる由緒正しき家柄、元の姓を 『土師(はじ)氏』 と言われます。土師氏とは古より土偶を作ったり、古墳を作る職に従事された家ですね。

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