えーっと・・・・村雲村のスレッドで、
「手作り神棚の どこまでオッケーなのか押さえどころ? みたいな事も もし教えて頂けたら…と思ってます」
というご意見を頂きましたので簡単ではございますが日記にさせて頂きます。
本来、神棚とは・・・・・・「正しい神棚設置のススメ(神棚の祀り方) ①」 にまずは軽く目を通して頂きたいのですが昔の家、または商売をされておられる場所では必ず目にするものでした・・・・・・・・そしてそこには 『神様との距離を近く保つ』 意味合いと同時にもっと大きな意味合いがございます。
そうです「一家の団結」、今の一人暮らしが多い時代には「素直な自分の心の確認」といった所でしょうか。
神棚とは神様のお世話をするだけの場所ではございません。
そこに祈りを通す事によって知らず内に自分の心を見つめ直す・心からの指針を作る。これは今の時代は特に大切な事でこれがない為に随分と苦労をされて人生を渡っておられる方々が多い気がしますね。(「心の方位磁石」)今までの経験からですが、神棚を置けない理由に、
「きちんとお世話させて頂ける自信がない」
「置くのは簡単だけど、撤去が難しい」
「知人からおかしな眼で見られてしまう・・・・・」
との声を良く耳にします。・・・・・これは 『神々様に畏敬を感じている、大切に扱いたい』 との理由の他に 『本当の自分と向き合うのが恐い・嫌だ』 との内心の想いがあるような気がしてなりません(あ、これは管理人が神棚を見れない時の理由です(苦笑))厳しい言い方をすれば 「扱い方がわからない」 とおっしゃる方々に限って 「置く為に調べ倒した、聞き倒した」 方は少ないのではないでしょうか?また答えてくれる場所も少なければ何が正しいのか分からない。(これには理由がありますので次の日記にて)置いたのはいいけど・・・・じゃぁ、お世話出来なくなったらどうしたらいいのか?またきちんと向き合えなくなったらどう処理をしたらいいのか?
神様は神棚設置で褒めてもくれませんし、撤去したからと罰も当たりません。
では自分の為に神棚を置かせて頂くのか・・・・・・という話になれば一歩目から間違える可能性がありますが、語弊を恐れず言わせて頂ければやっぱり大きく遠回りしたとしても結局、自分の為だと思います。見えないものを大切にする心・日々の自分自身の向上・神々への愛情表現やご加護。これをまとめるとやはり副産物が一番大きな収穫、祈りや設置の基本は神々様をより身近に感じる為、そしてその副産物は・・・・やっぱり私たちの為でしょう。昔の日本人は本当に頭の良い民族だったと感じずにはいられません。
しかし最近の神具店は上記の事まで教えてくれる所が少なくなってきたように感じます。
これは仕方ありませんよね・・・・・・売らない事には生活が回っていかないでしょうし、またそんなことまで説明する時間も少ないのではないでしょうか。また本来の考えや神棚の存在意義を教えてくれる神具店も少なくなりました・・・・・・知人に頼まれて福岡市内の神棚屋さんに6店舗は伺いましたが「お世話の仕方」や「その心」を教えてくれるお店はほとんどありませんでした。・・・・・・・これも神棚屋さんが悪い訳ではないと思います。質問する人が減ったのも理由の一つですね。
次に続きます。
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