- 2020-05-22 (金) 16:00
- その他
休業に時間を持て余し、久々に生まれ故郷へ原付を走らせました。
3才~15才まで育った家を眺めみて、特別に行く当てもなかったんですが自然、フラフラとバイクは小学校の方へ。
育った家も、想い出の詰まった小学校も、ボーッと眺めているといろいろな感情が突然湧いて来たり、もう遠い昔に忘れた記憶のパーツがジグゾーパズルのように合わさったり。懐かしかったです。
父も母も姉も、あの時の記憶のまま。
あの時と同じように笑顔で走り回っている姿。
いろいろあったけど、とにかく狭くてお金がない家だったけど、とても楽しく育ててもらったんだと、、、、、、勝手に目に浮かびます。
あれから約30年経ってますから(笑)
さすがに両親は一回りも二回りも小さくなり、姉も良いおばちゃんとなり1人っ子の甥っ子も会う度に大きくなって・・・・この前会った時は敬語使われましたからね~(;´∀`)
・・・たった1人の叔父さんとしては、少々、ショックでした(苦笑)
「表向きや環境が変わっても、根本的な中身は変わってないかも。」
今の両親、姉と昔の3人を重ねあわせ、原付での1人の帰り「フフッ」と笑ってましたが(怖い(笑))それでも大きく変わっているんでしょうね~
姉は嫁いでから。両親は自分が実家を出てから、ほとんどどんな人生を歩んで来たのか知らない。
時々、孫の顔をみせに実家に帰っては話を聴いたり、たまたま実家に帰ってきてた姉や甥っ子と話をしても、実際に今までどんな人生を送って来たのかは知らない・・・・
まぁ、皆さんもそんなもんでしょ(;´∀`)
一番、何が変わったかと言えば「自分自身」かも知れない。
鏡をみれば30年前と随分と違う事だけは!嫌と言うほどはっきりと解りますが(苦笑)
久々に父や母、姉とあっても離れて暮らす前にはどんな顔で笑っていたのか、もう忘れちゃいました。どんな話で盛り上がっていたのか、どんな声で喋っていたのか、どんな立ち振る舞いをしていたのか、どんな夢を持っていたのか。。。。。まぁ、最後の「夢」だけは漠然と、
「自分はどう転んでも、幸せな人生を送る、、、、と思う。」
かなり根拠のない自信は今でもどこかで続いているもんですね~(´ー`)
家をみながら、もしも当時の自分が家から出てきたら。。。。
懐かしさのあまり、涙を流して抱きしめながら、
「だいたい君の思う人生は送れるよ。でも、もっと早いうちに努力や我慢を憶えたらもう少し良くなるかも?知れないね。」
そう伝えたい(苦笑)
男性特有?なのか、自分だからなのか・・・・
日々、そこそこ真面目に働いて飯食って仕事をして、家帰ったら子どもに絡まれつつもそこそこのんびりと生活して・・・・・その延長線上で両親や姉と会うもんだから、無意識の内に、随分と大人になった「つもり」で会っちゃって、ついつい無愛想になりがちな自分を反省してます。。。。。
まぁ、親からみれば何ひとつ変わってないかも知れませんが(-_-;)
あれから家族揃って家を転々と引っ越し、1人暮らしをはじめてたくさんの人に逢い、たくさんの人と別れて、今があります。
今、自分がどんな仕事をしていようが、どんな家に住んでいようが、どんな人達に囲まれて暮らしていようが、どんな環境だろうが、世の中でどんなウイルスが流行っていようが、、、、、
結局は、どれだけの情を人に注ぎ、どれだけ真の愛をもって行動でき、どれだけ情熱をもって日々を過ごせたか・・・・・・
簡単にまとめると、「どれだけ生みだし、どれだけ渡せたか。」
みんな、そうです。
これだけは嘘はつけませんし、人生はつまる所たったそれだけの話。
とにかく、あの純粋無垢だった時の自分に恥じない生き方をしたいです(笑)
福岡はありがたいことに、今日はカラッとした天気となりました(´ー`)
感染に注意しとけば一日自由なんて、亡くなられた方には申し訳ございませんが、コロナも悪いことだけではないんですね。健康の大切さ、日常のありがたさも身に染みましたし。そろそろ去ってくれんかな・・・・・
今日も明日も明後日も、これからもずっと皆さん良い一日でありますように!(´ー`)
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コメント:2
- himawari 20-05-24 (日) 21:36
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どれだけうみだし、どれだけ渡せたか。
自然にそれを淡々と行っている方を見ますよね。
自分はそれが最近できてないなあと感じます。
不満だらけでなぜか体調も悪い。
きっとうみだしていない、渡せていないんだと。
村雲さんの文章を読んで、純粋に、神様に恥じないよう毎日祈っていた幼いころに戻りたいと思うようになりました。 - 管理人 20-05-29 (金) 15:59
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himawariさん
すぐ戻れますよ、そこに気づきがあれば。いつでも(´ー`)