- 2020-01-24 (金) 15:40
- 神様
つづき。
「わしはの、あの遠い昔の青年の背中を一目見た時、、、、いろいろ想う所があった訳での。そこには、想いがあり、魂にはまだ若い若い力が宿り、必死で手探りでも前に進みたいという情念の様なもの・・・・さて、信念や覚悟と申すものには程遠かったがの・・・・そんなもの、あとから付いてくるだけの話、初めより持っておる者なんてそうおるまい、はははは。
・・・まぁ・・・・一言で申せば・・・・そうじゃの、”感動” したんじゃよ。青年の震える魂が、わしの古枯れた魂に伝わって来たんじゃよ。」
「感動、、、ですか・・・・。」
「ふむ、感動したの。・・・これはあの男には内緒の話じゃが、ははははっ。」
老人は心から愉しさを噛みしめるように、カラカラと笑いました。
「その男はの、これまた変わった個性の男で・・・さっきまで情けない顔で海を眺めておったと思えば、わしをみつけ最初に言った言葉が、”おじいさん、こんにちは。” じゃった。おかしいじゃろ、はははははっ!」
青年もつられて笑いたくなったが、なぜかその時の寂しげな男の姿とその心境を想像すると、これも自分自身と重ねたのか笑う気持ちにはならなかった。
「わしはの、その一言でついぞ ”この者の先を、邑づくりをみてみたい” という想いに駆られての。まぁ、今で申せば老婆心というものじゃろうが・・・いつものお節介癖が出てしもうての。
当時はの、今のお前さんじゃ想像もつかぬじゃろうが、親兄弟といえども血を血で洗う争いがしょっちゅうあったものでの、、、、」
「・・・・えーっと、それは・・・・戦国時代に似た・・・・??」
「そんな最近の話ではないが、まぁ今のお前さん達も退化はしておっても、進化はしておるまい。・・・いや、進化や退化と言葉を使うても意味は少ないの・・・・まぁ、”流れ” とでも申そうか。今でも ”金” という道具の為に、親兄弟が殺しあったり、”裁判” というものを開いて、憎しみあい、心を殺し合い己らの業により、己らが生地獄を味おうて・・・わしよりみれば似たようなもんじゃ。
・・・あ、いや。少し違うの。昔は、己だけでなく、一族や村を守る為、こちらの命を賭けて相手の命を奪ったものじゃが・・・・・今は己の欲得のみがほとんどじゃろ・・・・人はなんともつまらぬ方向へ、進んできたものじゃ。」
青年は義理の父の姿や、長い年月会社を支えてくれた重役達、またそれに敵対する数名の役員の顔や、”教育・指導” という名のもと毎日、意味のない仕事を押しつけてくる上司ややっかみがあるのか青年の邪魔をしようと意図的に問題ごとを報告してくる部下の顔を思い浮かべたが・・・・・・
・・・・決して、皆が皆、悪人でもなく、それぞれに守るべきものや抱えているものがあると、常日頃は意識して頭の片隅に追いやっていた問題を思い出しました。
「ご老人の時代、、、いや、その時はみんな本当に平和に過ごしていたのでしょうか・・・??」
「うんにゃ、そうではないの。もちろん、平和な村は多かったが村の中での小競り合い、ケンカはしょっちゅうあってたの・・・・。しかし、今と違うことは不思議な連帯感はあっての。ズルい人間、賢い人間、怠け者によく動く人間、いろいろおっても皆、最後は助け合わなければ生きてはいけぬと、そう信じておったしの。
ケンカをしても、どちらが強いか、どちらが正しいかが肌で感じればそれで終わり。今のようにしつこく、嫌らしく、立ち直れぬほど相手を追いつめることは少なかった様に思える。
動物のケンカと同じじゃよ。お互いに口を開き牙を剥き出し爪を出しても、死に至らしめることまではなかなかなかった。
村の為に人一倍、力や知恵を使ったものはそのぶん尊敬され、反対に人より努力せぬものは疎まれた。それだけじゃった。・・・今の人間は、、、、、本当に心が小さくなってしもうた。
よりよく、充実した人生を幸せに生きたいと願い、いらん理屈をこねくり回せば、余計に己自身を不幸に追いやる・・・・ようわからん時代じゃの。」
「なるほど・・・・。」
「その中でもかの男はの、大王と呼ばれる漢の跡継ぎに選ばれ、その偉大な功績を残した大王を超えようと・・・・否、超えねばならぬと焦りが多くての・・・・やること、なすこと、失敗ばかりの連続でそれなら己が王になりたいと内心、考えていた者が段々と増えていって・・・・余計にカラ回りしてしもうての。皆に納得してもらいたい、認めて貰いたいと思えばおもうほど、その男はどん底じゃったの・・・・・」
話を深く途中から、青年の心にはピリリと痛みが走った。時代や国は違っても、今の自分の環境や状況とほとんど同じだったからでした。
「さてさて、そう悲しそうな眼をするなよ。ただの昔話じゃし、まだお前さんは今の時代では若い方じゃろ・・・・」
「今の時代・・・?」
「ふむ。わしの申している男は今の歳で15歳ぐらいかの・・・・。」
「えええぇっ!!15歳ですか?!・・・自分はもう倍近く生きているじゃないですか・・・・・・。」
「まぁまぁ、そう落ち込むでない、ははははっ。人間、本気になれば次の日からでも変わる。その男の時代は、そうせざるをえなかった時代・・・・・。人や時代を比べても意味も少なかろう。」
「・・・・はぁ、、、それはそうですが、かなり落ち込みました・・・・。」
「ほーれ、お前さんはもう、人として大切なことを忘れておろう。」
「え?何をですか・・・・?」
「はじめに申したであろう。当時はの、病気や飢え、隣村との争いで親しいもの同士が明日には別れることが当たり前の時代じゃったが、身近な死活問題で一番多かったのが、、、、、、”子を産む時” じゃ。
血まみれになった赤子がおぎゃあと泣いて声を張り上げ、命を賭けて次に繋いだ女が母となりその乳を与え、その姿をみた男どもが安堵の涙をこっそりと祀られた神々の前で流すことが、いかに奇跡じゃったか・・・・・・今のお前さんには、その価値を知ることは出来まい。」
青年は30歳手前で自分を生み、まだまだ良く動き働いてくれている母親の姿を思い出した。
いつかは老いるとわかっていても、携帯ごしに聞こえる元気な声と、会おうと思えばいつでも会える気軽さか、車で30分の場所に住む両親に最後にあったのはいつだったのだろうか・・・・・
・・・・確か今年のお正月も、なんだかんだと仕事を言い訳に会ってはいない。
青年は今すぐにでも両親のいる実家へ飛んでいきたい気持ちになったが、自分は純粋に元気な笑顔で親に会えるのか、、、、そう考えると青年は、また心が曇る自分を感じました。
「どんな真理も教えも、その立場になってみらねばなかなかわかるまいしの。言い換えれば今のお前さんの悩みも、お前さんしか味わえない貴重な経験じゃよ。さて、話を続けようか・・・・。」
気づけば鳥居横の電信柱に付いていた防犯灯が、その決められた時刻がきたのか静かに灯りをともしておりました。
つづく。
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