- 2014-12-01 (月) 15:20
- 神様
つづき。
しばらく話が途切れたかと思うと、いつしか漏れる息が老人の寝息だということに五十猛様は気づきました。
(わしの想い、、、わしの戦い・・・・・・か)
静かに席を立つ五十猛様・・・・・・部屋の外に立つ、まるで石像になったかのような護衛の者に目礼し、老人の・・・・・否、これぞまさしく土と語り合ってきた血を受け継ぐ ”丹生の長” の館をでました。
そこには心配顔で主を迎える部下の者と一緒に、これも同じく心配顔の丹生津姫の顔が・・・・・・どれぐらい時間が経ったのだろうか、、、、、部下の顔をみて懐かしいと感じるのもつかの間、五十猛様の心はまだ遠くをさまよっている感覚に近いものがありました。
「・・・・・これより北へ戻る。」
「・・・・今からですか?中で何がありましたか、五十猛様?!」
心配と、次は驚きの部下を残して五十猛様は颯爽と歩きだしました。
それを傍で見守っていた丹生津姫様は、いつの間にかどこかで用意させたのか、五十猛様一行が国へ戻るには十分な食料を用意しておりましたが・・・・・・・・国で食べる食事と比べると豪華とは思えない食料、しかしこの一族が精一杯の誠意をみせてくれていることに違いはなく、、、、そう思うと少し胸が痛みます。
「五十猛様、、、、大王とは何のお話をされたのでしょうか?」
部下に帰り支度をさせながら、自身は周りの木の生えていない、死んだ赤土の山々を眺めている五十猛様の背に丹生津姫様は我慢できずに話しかけました。
まだすべてを話せるとは判断できず、また何も心に固まっていない五十猛様は顔の表情は崩さず静かにこう言いました。
「素晴らしい指導者・・・・よい父様をお持ちじゃの、姫神殿は。南の大王もまた男であった。またいつかお逢いするやも知れぬ。この度の非礼を詫び、また帰りの支度までありがたくおもう。・・・・・・またいつか・・・・・・・・・の・・・・・。」
たった一瞬、不安と心配で押しつぶされそうな顔をみせた丹生津姫様も、次の瞬間にはいつもの丹生族の長、最後の姫神の顔に戻り、
「帰りの幸をお祈り申し上げます。」
と、ようやく口に出したのはその一言だけでした。
山を越え、北の平野に戻る五十猛様の一行・・・・・・・・
行きの興奮とはまた違って、そこには静かに考え込む五十猛様の姿がありました。
(わしの想い、わしの戦い・・・・・これまで幾度となく、血と汗を流してきた歳月はわしにとって遠回りじゃったのじゃろうか、、、、、、いや、そうではあるまい。今もこうして父神、そのまた上の氏神より続くこの国の平和はながらく維持できておる。この世に生を受け、すでに40以上の年は重ねてきたはずじゃ・・・・・・・・これからのわしに何ができる、また何を天の神は望んでいるのか・・・・・・・・・)
国に戻られた五十猛様。
国を出る時は獲れた作物、自然の恵みを天の神様、また氏神様に備えて神を喜ばせ、慰撫するまつりごとは終わったばかりでしたが、次はその神々と一緒に新しい暦がめくられる祭りの準備で皆、普段より忙しさを増しておりました。
まずは溜まっていた仕事に目を通し、急ぎ決めなければいけないことだけを終わらせることに没頭し、・・・・・・ようやくひと段落ついて次はいよいよ父神スサノオ様の館を訪れるため、心を固める時期でした・・・・・・・・・・が、今でも五十猛様は何を伝えればよいのかよりも、何を自分が決めねばならぬのかで歳月を費やしました。
ある日、いつもの冷静さに加えどこか意を決した眼を光らせた五十猛様が、父神スサノオ様の館の戸を叩きます。
「おぉ、五十猛か。随分と挨拶が遅かったの。」
「申し訳ございません、大王様。祭りごとの準備が忙しかったゆえ・・・・・・」
「そうか。・・・・・南への旅は何かお前に与えてくれたか?」
(こうしてみると、父神もいつの間にか随分と気が枯れてきたものだ・・・・・・)
父神、スサノオ。首からは貴重な緑の石を加工してある勾玉の連なる飾りがその存在を示し、立派な檜の木に山のケモノの皮を張った椅子に腰かけ、その横にはもう数えきれないほどの年月からそこにあって当然のように、この地を治める大王の証でもあるキラキラと光る石が埋め込まれた美しい宝剣が置かれております。
・・・・・・・そして、これもこの神の性格をあわらしているのでしょうか。年はかなり高齢ではございましたが背筋を伸ばし胸を張り・・・・・・ただそこにいるだけで、静かな重圧を与えられる感覚は昔のまま・・・・・・
しかし、顔に刻まれた深い皺をみれば嫌でも歳を感じさせ、丹生の長を思い出さずにはおられませんでした。
(南の大王が土と語ってきた男なら、我が父スサノオ神は己の血と、そして仲間たちの血と語りおうてきた男である・・・・・・)
ふとそんな言葉が頭をよぎり、今までみてきた父神とは違った父神がそこに座っているような、、、、、、そんな感覚を、五十猛様も不思議に思えるほどなぜだか心は変に落ち着いておりました。
「北の大王、父神でありますスサノオ神。わしは、東に向かおうと思っております。」
つづく。
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