- 2012-12-30 (日) 16:31
- 神様
さての。ようようと今年の暦もあとわずかの所にもあるがの。今己らが生きておる意味少しは理解してくれておろうか。周りの人の災いみれば、天災にもはじまりていかに人災の多いことかとため息も多くもなっておるが。いえば、わしらとぬしらは運命の共同体にもありて、普段はこれわしらが口にすること他の神よりみればはばかれる事も多かろうが、やはり口にする神もおらねばこの世もすくわれぬ。ぬしら、この世に共におるものとして、情持ち愛持ち慈しんでおるつもりではあるがの。めでたき締めくくりの前とこれからのこと、ここではこの意味、あまり言の葉とかえる必要はあるまい。
しかしぬしらに考えて貰いたきことは、人は生きて死すまで逃れられぬ天命あるとすれば、日々己を見直し向上していくこと。これには大きな勇気も必要じゃろうし、決してひとり悩み考えても答えの出ぬことも多い。しかしの、今の世にあって必要なことは、それぞれの見直しよりはじめもう一度心ひとつとすること、時はすでにはじまっておるということ。世直しじゃ世直しじゃと声を出してみても、日々の日常というものより離れることは出来ず、その日常の中でぬしらは育ち、恩恵を受け、またわしらも力の限り働こうとの決意あっての話じゃがの。それぞれの人間がそれぞれの人としての役目あるように、わしらもそれぞれの役持ちてのことではあるのじゃが、ひとつわしら神々がまことにあること今の世では随分と心にとめてくださる人間も多かろう。次は、その思い、その力をいかに己らの日常にはんえい(反映?繁栄?)させるか。これが、わしらとぬしらの共生ということ、心から理解し、道は正しくなくともよいただ間違った道だけには入らぬようにとわしらも心を砕きて世を過ごしておること、よう心にとめてくれての。
いくら祈っても、泣いておる赤子ひとり泣き止ませることは出来ぬでの。
そこにはこの赤子だけは守り抜き育てぬくという心、信念というものと、そこにふさわしき正しい知識。その二つがあってはじめて情を流して労を喜びとかえることもできる。今の世の人間は、頭でっかちが多いゆえにその知識だけに振り回され、己を苦しめるためだけの知識となりさがってはおられるが、もとより人はその知識を己の労のなかより生み出し、そこに道をひらきてきたこと今一度忘れぬようにの。よいかの、道は決してひとつだけでなく、正しい間違っておるもない。おのおのが、どういう心持ちで己の道と向き合うか。またそこにどれだけ責任を持ち世を歩けるか。一歩、足を踏み出すのに余計な知識はいらぬように、まずは穴をおそれず踏み出すことよりはじめぬと、美しき風景も風の薫りも頭の中だけでは難しかろう。いずれ足も止まってしまいやすい。
今年一年はそうじゃの、人が人に情を注ぎ、わしらもいつも以上にぬしらより情をもろうたと感じてもおる。わしらは人に情を流し、またぬしらの情によって支えられておりもする。共に共同体なれば、ぬしらの壁がわしらの壁となり、わしらの壁がぬしらの壁ともなろうが、切り開く道は残っておるし、わしらはこれにすべてを賭けてもおる。その為のひとつの支えとして、またわしらの喜びとして、毎日にぬしらの心からの笑顔が増えることを切に望んでおること伝うて、今年最後のわしの言伝えとさせてもらうでの。 彦
・・・・・・・以上でございます。※一部、ひらがなで書かれて意味がよく分からなかったので、自分なりに漢字を当てはめさせて貰いました
さて、今日をすぎれば明日一日で今年も終わり。(ってか、個人的には管理人は旧正月派ですが(笑))明日は、恒例の 「今年の日記の総まとめ」で終わらせて頂ければと思いまーす!!
・・・・・さて、まとまるかな(苦笑)
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コメント:5
- 泣き虫ひろみ 12-12-30 (日) 21:39
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彦神様
ありがたきお言葉しかと聞かせて戴きました
文明が開化するにつれ反比例で人の心はすさんでいってます
捨てられて泣いてる子猫をみないで通り過ぎる人がおおなりました
これからもずっと共同で生かせて戴きとう存じ上げます
拝 ひろみ - ミッフィー 12-12-30 (日) 22:08
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そうですね。この道が間違っていなかったと、誠実に生きてきたと思えばこそ神様は今の私を守ってくださっているのですね。決して信仰深い訳でもなく、日々の雑事に追いまくられている私ですが、次に来る年を謙虚に迎えたいと思います。心穏やかに、少しでも笑えるように、人の喜びを自分の喜びとできる様に、そんな生き方ができる1年でありますように。
村雲さんも良いお年をお迎えくださいませ。 - 神奈 12-12-30 (日) 23:03
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今晩は。
神様からのお言葉を読ませて頂き、ありがとうございます。
読んでいて心にストンと落ちてくるようでした。
神様のお言葉から、今年一年、自分は何をする事が出来たか、また、来年は何をする事が出来るか、改めて自分の中で考える機会が出来ました。
ただ、
「いくら祈っても、泣いておる赤子ひとり泣き止ませることは出来ぬでの。」
神様のこのお言葉を目にした時、無性に切なくなりました。
泣いている子供を泣やますことができるのは、目の前にいる生きているものなんだと、ふいに思いました。
さて、2012年も残すところあと一日。
この最後の一日を精一杯生きたいなと思います。
脈絡のない文章ですみませんm(_ _)m汗 - りょう 12-12-31 (月) 5:32
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私の一番のお役目は、娘を育てることです。
神様の大切な子供を預かっているという気持ちで、それを忘れずにこれからも大切に育てていきます。
その為に、私は、今を一生懸命生きて、日々ほんの少しでも向上するように努力していきます。そして楽しい人生にしていきたいと思います。
神様、ありがとうございます。
管理人さん、ありがとうございます。
m(__)m - 空 12-12-31 (月) 6:40
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おはようございます。
一年の最後の日にお言葉を読ませていただいてありがとうございました。
いま受験のため日本で息子と二人、慣れないウィークリー生活をしています。
「道は一つではない」「正しいとか間違ったとかではない」
なんだか目から鱗です。
前にもコメントしましたが
昔から自分の中で思考に関して
制限をかけている部分があります。
そうですね。
「どういう心持ちで己の道と向き合うか」
心に沁み入る言葉でした。
私は親として、やれるだけのことをやる。
そして自分の周りの人が笑顔でいられるように
いつも生きていきたい。
素敵なお言葉をありがとうございました。
村雲さんもよいお年をお迎えくださいね。