- 2011-11-04 (金) 2:35
- その他
はぁ~一日中、メールのやり取りしてたらホント、頭が痛くなりますね・・・・
目が疲れて寝つきが悪いので今の内に書きたかった事をまとめます。
・・・・・・またパソコンか(苦笑)
「自己愛と自己憐憫」
ブログを書きだした自分に反対してた師匠(・・・多分、今も?(苦笑))がある日一言、ボソッとつぶやいてくれたのが、「自分を憐れむような内容だけは書くなよ。」と言ってくれた一言でした。
「ブログランキング」 「精神世界」
自己愛と自己憐憫・・・・この違いってすごく難しい。
自己愛は自分を愛すること。愛の中には、、、、自分も良くは解りませんがきっと、厳しさもある事なのでしょうね。愛する・大切にする、お子さんをお持ちの方はイメージし易いと思いますが、愛したり、大切にするのは可愛がるだけじゃないはず。
かたや自己憐憫は、自分を憐れみ不憫に思う事。
少し前の言い方では、『悲劇のヒーロー・ヒロイン』 と言ったところでしょうか。これが始まれば一歩も前に進みません。何喋っても、感動して泣いて、うんうんと頷きながら・・・・・「ありがとうございましたっ!」・・・・と言われても、それが心からの反省や喜びからくる感動なのか、自己憐憫で自分の世界に浸っているだけなのかは外からでは解りません。・・・・・いや、本人さえも気づいてないかも知れない・・・・・・・。
まぁこちらも、それを確認するのは意味もなく必要もない事です。
・・・・・・・ってか、そこまで責任は取れません。ただ、後は人間として今より環境や状況が改善され、問題解決の糸口が見つかることを祈るだけです。
そんな管理人も、「自分が可哀想だ・・・・。」と思った事は昔はしょっちゅうありましたね。いぇ、振り返ればあの時やこの時がそうなのかなぁ~と。その時に限っては気づかない・・・・ってか、思ってもみなかったんですね~自分に自己憐憫があるって事さえも(笑)自分の気持ちはダイレクトに受け止めても、そこまで自分の気持ちを客観的に観る興味がなかっただけかも。若い女性ならまだ可愛げがありますが、これが男だったら最悪の男ですよ・・・・・情けなさすぎる(爆)
まぁさすがに歳をとってみて、どんなに自分を憐れんでも何も残らない事を知り、時間の流れの早さが骨身に染みて・・・・後は自動的に開き直る人生しかありませんので自己憐憫の暇もない。というのが本音の所です。
自己憐憫の男はとにかく面倒臭い。
やさしくすれば、どこまでもやさしくしなくちゃいけないし、下手に勇気づけようとすればイジケルかおかしな開き直りをするか・・・・・・
ただ、こちらのイメージでどうしてもその表情や言動、その他の雰囲気で先入観で捉えがちなので、ここだけは気を付けています。何度も言いますが、そこまでの責任はないしこちらが判断する必要もない。やっぱり女性の方が強いと思いますね、内心。なんせ切り替えが早い、上手い。ずーっと話してても、ある一線で理解が完全に出来ればスパッと切り替える。男の場合、日頃の理屈屋魂をここぞとばかりに発揮しまくってですね・・・・・・・・・・・・・・・もう手が付けられん。どこまで一緒に付いていけばいいんだと、最後はこちらまで途方に暮れる(苦笑)でも親友が泣いたら、黙って横に居てやります。友達だから、相談者じゃないから神様からの言葉を聞いて伝える訳にもいかないしですね・・・・・シレ~っと横に居ながら、実は何をどうして良いものか迷ってしまう。自分の友達もさすがなもので、「呼び出して悪かった。今日はお前に甘えさせて貰う。」と一言、静々と泣きだす。
(おぃおぃ、ホモじゃないんだからそんなセリフ、嬉しくもなんともないぞ~)
と内心思いながら、まぁ黙って泣きやむまで座ってる。
それがまたですね、、、、不思議とそいつが可愛くみえたりする訳ですよ!(あ、決してホモではありません)何と言うか・・・・・自分の前でそこまでさらけ出してくれるありがたさって言うか、そいつの直情さに心打たれるって言うか・・・・・・気づいたら、男二人で男泣き、、、、、ってやつも何度かありましたね(笑)あ~なんか懐かしい・・・・・・そういうヤツに限って未だに縁が切れなかったりします。
かくいう自分も男なので、まぁやっぱり人前では泣いちゃいけないと思う訳ですね(爆)
男性の諸君・・・・泣きたい気持ちは良く分かります。
ただし泣く時間があれば、黙って歯をくいしばりましょう!
- 次の記事: 先祖供養の嘘ホント 他
- 前の記事: 素敵な金縛り
コメント:15
- ガラカブ 11-11-04 (金) 6:16
-
お疲れさまです!
私は悲劇の…不運の…とすぐ考えてしまいます。自分のせいにはしたくない人間です。自分にガックリです。
ここが地獄じゃあるまいし。と思い気持ちを落ち着かせます。なかなか難しい話ですね~ - みほっち 11-11-04 (金) 9:49
-
むか~しむかし…問題が起きたときにほんの少しの時間は落ちても構わないけど、後は自分の力で這い上がれ~と思いながら…旦那にビンタしたことがあったなぁ…(シミジミ)あの時の彼は自分に酔ってたのか…はたまた私の「ごり押し感情」がそうさせたのか(ある意味私も自分に酔ってたかも)。今はビンタすることなく平穏でございます♪
※先日コメした、熊が出そうな熊野神社へ行ってきました♪(←シャレじゃなくて本当に熊野神社デス。道をイノシシが掘った後がありました…山の中にある神社なんです。ちなみに近畿地方のうちの地域の熊は民家や道にもひょっこり現れます。人間はビビりますけどね!)チビの靴下、ありました~!誰かが拾ってくれた感じでした。スズメバチに襲われかけたのでキチンと参拝できずに走って帰ってきましたが…(泣)長々と私の「報告」失礼しました☆ - さやか 11-11-04 (金) 9:57
-
ハッと気づかされました。
ありがとうございます。
自分を憐れんで自分のHPに日記にしたりしてました。
苦しいやら、自分の存在が無意味に思えるやら・・・
そんなことを見て、イイ気分になる人なんていませんよね。
もう書くの辞めようって思いました。 - 江戸 絹 11-11-04 (金) 9:59
-
お疲れ様です2号!
頭を下げながら 有難うございます と
お伝えすることしか出来ません(__) が
これからも 宜しく
お願い 申し上げます!!(^-^) - 尭 11-11-04 (金) 10:40
-
おはようございます。村雲さん。
自己憐憫は、まさに自分の弱点のど真ん中を指す言葉です。
書かれてる内容を読むと胸が痛くてしかたないです。しかも、御指摘されてるように無意味な事なんですよね。でも、分かっていてもそうなる自分がいて、それを嫌がる自分もいて・・。ジレンマを抱える毎日です。福祉の仕事をしてた時、利用者の方に、自分を憐れむのは自分しかいない、そして憐れみは、所詮自己満足でしかないと言う話しをされていたのを思い出しました。
また久しぶりに、目の覚める思いがしました。 - りょう 11-11-04 (金) 21:18
-
管理人さん、こんばんは。
この一年、自分大事にしなきゃって思いが自己愛じゃなくて…いつの間にか自分を可哀相な存在にしてました。情けないなぁ…。
幼少期、周囲から憐れみ、可哀相、不憫…そんな視線の中で育ち嫌でしたよ
言葉要らないから何とかしてくれって思ってました。
それを自分で自分にしてたんですね……苦しいはずです。
今朝、神泉米届きました!
仕事中も夕飯のことばかり考えてました(笑)
お米の感想は どこに書けばいいのでしょうか? - やっさん 11-11-04 (金) 23:55
-
村雲さ~ん
お疲れさまです。
お米ありがとうございました。奥さんが最近疲れ気味でしたので、早く元気になるよう神泉米使わせていただきます。
自分に恥じないように日々を過ごす難しさ、最近よく考えてしまいます。それではまた - ももんが 11-11-05 (土) 2:58
-
「自分を憐れむような内容だけは書くなよ。」って、管理人さんの師匠さんは本当にすごい方ですね。究極だと思うし、自分の人生論にも繋がるブログだから、言葉とかもそうだけれど、いつでも気をつけたいことだと思います。子供のころから強がりというか、そういう自分がいつも居て、弱音をなるべく吐かないようにしてきました。父は私のことを気丈だからと主人に言ったそうです。美化する訳じゃないし、自信過剰な訳でもない、でもポジティブな自分が好きで、でもこんな私を楽観的過ぎて、主人はついて行けないというか自分の人生が心配になってくるそうです。そんな主人は「俺の人生はモテたことがない」といつも憐れんでいて、いろいろな人がいていろいろな思考があるなぁ~と、管理人さんのブログを読んで、思い出しました。いつも、ご苦労様です。ブログ、とても感謝です。(面白いです!)
- スープー 11-11-05 (土) 3:46
-
たぶん、誰しも自分が可哀想に感じてしまうときってあるのかな…、って思います。僕も例外ではないはず。それでも悪くないとも思っています。
ただ、他人が僕に対して、自分が可哀想だとするアピールをされるとすごく不快になります。特に職場の人間には。
だから、ほどほどにしないといかんなと思いました。
ただ、ストレスや愚痴を聞いてもらう人はいてもいいと思うし、聞いてもらったらありがとうぐらいいわないとね。あとは、日頃から悲劇を感じないように、『最悪にはならなかったので良し!』みたいな気持ちや『ここで運が悪かったから、きっと今日のナンバーズは当たる!』みたいな切り替えは必要かなと。
それでも沈むときは仕方ないですよ。人ですから。少しずつ意識改革していきましょう!
……って、誰に対して言ってるわけではないけど、感想までに(汗) - なぎ 11-11-05 (土) 15:53
-
私も、自己憐憫って、人にアピールすれば見苦しいけど、自分に対して憐憫の情を持つことはあると思うし、必ずしも悪い事とは思いません。
哀しむ自分を哀れむ情。。。それだけじゃなく、情けない思いや腹立たしさ、反骨心、人の心って色々な思いがないまぜにあるものだと思います。
生きてりゃ、どうしようもなく落ちることだってあります。
哀れで情けない自分もちゃんと認めて受け入れて、自己愛で癒して、また前に進んでいく。。。哀れに酔って浸ってしまっては問題ですが、その先に、我が身を振り返って、見直して考えて、ちゃんと次につなげて進んでいく道が繋がってれば、落ちた時の自己治療の癒しに、哀れむ思いが入っててもいいんじゃないでしょうか。
村雲さんとご友人、相手の痛みにそっと寄り添えるなんて、とっても素敵な関係ですね。
あ、もちろん、変な意味じゃないですよ(笑) - マルッチ 11-11-05 (土) 21:40
-
こんばんは
記事に全く関係ないですが・・・
いつの間にか村雲さんが帰っていらっしゃる??? - ダニエル&ボブ 11-11-05 (土) 22:37
-
村雲さん、はじめまして。いつも楽しく拝見させていただいています。
自分の漠然とした考えですが、自己愛って自分の強い所も弱い所も、善も悪も全てひっくるめて愛せているある意味達観した感じなのかな〜と。
一方自己憐憫は皆さんが仰っている通りだと思います。けど内容によるかもしれませんが、周りの人々に工夫して話せば笑いにもっていける物であるとも思います。自己憐憫は心に余裕がある証拠です。だって本当に自分に落ち込んでる人は憐憫の気持ちさえ湧かないんじゃないでしょうか。
あとすいません、村雲さん。あんましホモホモ連呼しないでやって下さい(笑)
同性愛者(ゲイ)の多くはホモという言葉に強い侮辱感や差別を感じるものなのです。 - 管理人 11-11-05 (土) 23:18
-
ガラカブさん
「ここが地獄じゃあるまいし。」・・・・それ考えてたら次も地獄しか待っていません。一寸先は光ですよ、ガラカブさん(笑)
みほっちさん
ぎゃははははは!・・・すみません・・・・ご主人のビンタされた後の顔が見てみたい気もする!!ぎゃはははは!・・・・いや、こんな状態の自分がビンタされそうで怖いです(爆)
さやかさん
それでさやかさんのストレスがその時には解消されれば、、、、いいんじゃないでしょうか?黒い歴史にならないように気をつけて(笑)自分を慰めるより、自分を愛した方が賢い。キーワードは自信と誇りですね。
江戸 絹さん
どもども。2号って何ですか???
尭さん
こんばんは~尭さん。それでも、皆のコメントを読ませて頂いたら時には自己憐憫も良いんじゃないですか?・・・・・自分はもう、やる暇さえ無くなりましたけど(笑)
りょうさん
「それを自分で自分にしてたんですね……苦しいはずです。 」
これを自ら気づかれたりょうさんは120点満点でしょ!自分は師より言われて初めて考えましたからね(汗)あ、お米の感想はメールでももう一つのブログでのコメントでも、どこでも良いですよ~自分が判ればそれで問題ないです。
やっさんさん
こんばんはやっさんさん。奥様ともども、お体ご自愛下さいね~それでは。
ももんがさん
ありがとうございます。でも、そういうご主人と出会えてバランスが取れてるのも神様の御心かも知れませんね(笑)いつまでも仲良くですね。
スープーさん
参考になりました(笑)今の自分はスープーさんのお考えとは逆ですね~・・・・・アピールか、アピールじゃないかは解りませんが、まぁ本人がそう言うのなら出来る限りは相手の立場で。自分が自己憐憫するのはアピールに関わらず、二度とゴメンです(笑)多分、自分は冷たいんでしょうね、、、、人が自己憐憫すると、「そっか~それは大変だよね~」と一緒に居る間は真剣に心を添わせ、それ以上の事はあまりしません(汗)
なぎさん
おっしゃる通り!ただし、これはなぎさんが「その先に、我が身を振り返って、見直して考えて、ちゃんと次につなげて進んでいく道を繋げられる人間」だからですよ。その経験がないと難しいと思いますよ~本人さえ気づかない、、、、そう、若かりし頃の管理人の様に(笑)
マルッチさん
ブログの事ですか?一段落つきましたので解禁です!
ダニエル&ボブさん
すみません、失言でした・・・・・・そっか~心足らずだったな(汗)知らなかったとはいえ、申し訳なかったです。そしてダニエル&ボブさんのコメントでもう一つ気づきました。「無意識の自己憐憫」はOK。それに浸る事はOUT!こんな感じでどうでしょう?(笑) - みみっく 11-11-05 (土) 23:20
-
こんばんは
話しが少し(大きく)ズレてしまいますが、
自分の両耳に栓をし、目を閉じて歩いていて、コケて自分が可哀相だと思う。
コケたのは、他の人に比べて道が凸凹だったから。重い荷物をもっていたから。あぁ、自分って可哀相…とか。
耳の栓をはずす。目を開けて歩く。それに気がつけば、困難な道も軽くなるんでしょうけど、それに気がつかないのが人間なのかなぁって…。
でも、人間が完璧ではないからこそ、神様もご先祖様も可愛いくて、パワーを与えて下さるのかなぁって思います。
ただ勘違いしてはいけないのは、与えて下さるのはエネルギーであって、進むことの「歩く」ことは人間自身なのかな?って思います。
つまり右足を自分の意志で出さなきゃ、左足も出ないってこと??
うーん。
綺麗すぎる(?)意見で恐縮ですが、そんなふうに考えました。 - 管理人 11-11-05 (土) 23:48
-
みみっくさん
素晴らしいご意見ですよ。「つまり右足を自分の意志で出さなきゃ、左足も出ないってこと」・・・・これはまったく同意見です。そして自分はこう考えます。神様やご先祖様が最高に、最低限与えて下さっている一番強いパワーとは・・・・・自分で閉じた耳栓を自分で抜く事ができる力。つぶった目を開くことが出来る力・・・・・・「コケる」とは、立ち上がることを諦めた時の自分の状態の事でしょうね、きっと。