つづき。
「どうかの、そろそろ頭は冴えてきたかの?お前さんの”生き方”、前より少しは見えてきたかのぉ、、、、。」
ここまで付き合ってくれた老人の存在もあってか、青年は何とか答えをだそうと頭を絞りに絞りました。
「なんとなく見えてきたのは、人を大切にすること・・・?・・・・いえ、親を大切にすること・・・いや、違いますね。仲間と協力すること・・・・いや、そうではなくて・・・・土の声を・・・・・・」
その時です!
必死で考えている青年の、目の前に飛び込んできた白い塊が・・・・・・「一匹」。
一瞬、あっけにとられた青年をさらに驚かせたのは、その塊は初めは猫かと思いきや、よくみると雪のように真っ白な白いウサギだったのです!
さらに驚いたのは、このどこからどうみてもウサギ・・・・後ろ脚で耳のうしろを2・3回、掻いたと思ったら突然、人間の言葉で老人に話しかけました。
「青心少童大君様、いつまで待っても来る気配がない、待ちくたびれたと主様がため息をついておられます。。。。。」
話かけられた老人は、特に驚きもせず、何の違和感も感じるそぶりを見せず、ニッコリ笑って答えました。
「おぉ、おぉ。そうであったの、わざわざ迎えに来てくれたのか。悪かったの。・・・いや何、言い訳すればちょっと懐かしい思い出に浸らせてもろうての、いやなに、はじめは正確にお前の主人の場所を確認しようとしててな・・・・・・」
「もう!だから最初から迎えに行くと言ってたではございませんか!相変わらず道草がお好きなようで!」
「そりゃ、悪いことしたの、ははははははっ。」
「・・・またそうやって誤魔化される・・・その笑顔には充分に注意するようにと、これも主様からの助言ですっ!」
「手厳しいの、はははははっ。」
老人はいたずらっ子の様に笑いながら、このやりとりをあっけに取られて呆然としている青年に話かけました。
「青年よ、わしはそろそろ行かねばならぬ。」
その一言で我に返る青年。頭で理解するよりも先に、心に重くのしかかる言葉でした。
この楽しくて、心が痛くて、そして温かくどこか懐かしいような老人との時間が終わってしまう・・・・・・。
「ちょっと待って下さい!まだ話は途中です!お待ちください、僕はまだ・・・・・・」
老人が今までで一番優しく、青年の言葉を遮りました。
「良いかの、青年よ。難しい時は原点に返れば良い。そしてお前さんは、もうすでに答えを出しておる。・・・・今の姿、、、、そう、”考える姿”、これが一番大切なことじゃよ。考えを辞めず、前に進もうと努力していくこと。考えも一つではない。お前さんにその気があれば、人様も教えて下されば、自然も教えてくれる。時に掘り下げ、時に広げ、時に考えるのを止め、、、、数多の角度から考えられる己を造り、それがまとまった時には勝手に心が動かされておる。それに合わせて体も動いておる。
己が動くなかで、勝手に固まっていくのか、、、、はたまた、お前さんがつくり上げるのか、ひょっとしたらその道しか残ってない状況になるのか・・・・まぁ、いろいろとあろうが、それも数多の角度があってから、こその話での。考えることがお前さんの生き方になり、お前さんの生き方はその考えが示してくれよう。
今のお前さんの唯一の欠点は、よう考えても天ばかりを仰ぎ見、己の心の深さに気づいておらぬところじゃよ。」
「・・・・・・。」
話を聞き洩らすまいとしている反面、青年の心は本当にこの老人は今から去ってしまうのだという寂しさでいっぱいでした。
「ご老人、せめて、またお逢いすることは出来ませんか?場所を教えて頂ければ、いつでも私は・・・・・」
「さて、それは難しいの。わしは決してお前さんのいつも届かない場所に居るし、反対にいつもお前さんの傍にもおる。」
「せ、せめてお名前だけでも!お礼もさせて頂ければ・・・・」
「う~~~む、名前か、、、、色んな者がそれぞれの呼び名で勝手に呼んでおるしの。実際、わしの真の名など無いに等しいが、皆はわしを少彦名や淡島と呼んでおるようじゃが。
お礼を貰うなど、わしは何にもしておらぬよ。
・・・・そうじゃの。唯一のお礼は、またわしがお前さんに逢いたくなった時、今より今以上に成長しておることかの。お前さんがお前が決めた”生き方”をしっかり見つけ、それを信じて進んでおることかの。それがわしらの様なものにとって礼と言えば、礼。気持ちだけはありがたく貰っておくで。はははははははっ。」
「・・・・あ、ありがとうございます・・・・・。」
ようやく出た言葉が、お礼の一言のみでした。
「わしは、どこにでも居る。お前さんが喜びに満ち溢れておる時、辛くて苦しい時、わしを思い出してくれれば、わしは見えず聞こえずとも傍におる。お前さんが心からそう信じてくれれば、そこに居る。」
「・・・・はい。今夜のことは決して忘れません。。。。」
「どんな時も、選ぶ選択肢はある。・・・決めたら迷わず、心軽やかに走るがよかろう。」
「はい。走ります。」
青年の目から、理由も分からない大粒の涙がこぼれ落ちます。
「走るのに疲れれば、心配せず休めば良い。お前さんの人生を歩めるのは、お前さんしかおらぬ。その繰り返しが人の生きる証となって・・・」
「もうっ、青心少童大君さまっ!!本当に本当に時間ですよっ!」
ウサギが悲鳴に似た金切り声を上げる。
ウサギと並んだ小柄な老人の姿がゆっくりと消えかかる時、青年は静かに頭をさげました。
どれ位頭を下げていたのか、、、、涙の乾いた顔を上げると、すでに老人とウサギの姿はなく、青年は自然と賽銭箱の前に足を進めます。
「こちらに祀られている神様。今夜は一生忘れられない一日となりました。明日からも、迷い苦しみながらも明るさを忘れずしっかりと考えながら生きていくことをここに誓わせていただきます。
またあの老人、、、少彦名様・・・にお逢いしたいです。
いえ、自分が心から楽しく走る姿をみせて、いつかまた・・・・今度はあのお方より声を掛けて貰う人間に成長します。・・・機会があれば、そうお伝えください。今夜、場所を貸してくださったことに心から御礼を申し上げます。ありがとうございます!」
しっかりと手のひらを合わせ、想いを込めた手の力がフッと緩んだ時、青年は静かにその神社を後にしました。
おわり。
「いやぁ、、、その、、無いと言えば嘘になりますが・・・」
「よいよい、お前さんはどこまで行っても人間じゃし、それで嫌う神もおるまい。むしろ、ここだけの話じゃが昔の知人の男の方がちと陰湿体質じゃったでの、はははははっ!まぁそうでないと、人はおろか自身の命さえ守れぬ時代。。。まだお前さんの方がバカ正直じゃよ。
しかしの、一つ言うておかねばならぬ事がある。」
「はい。」
「どこを目指すかはお前さん次第じゃが、決して”善人”に成りすぎぬ事じゃよ。お前さんはどこか、頭の中だけで”良い・悪い”の区別をつけすぎておるよ。
それはお前さんの今までの人生経験から来たもの、お前さんを責めておる訳ではないが、そもそも良い・悪いなどは区別のつけようがないしの。お前さんが善人か悪人かなんてあの世に行った後、人が勝手に評価するもの。それも人や時代で評価は変わろう。」
「しかし、それを無くせば自分が自分でなくなりそうで・・・少し怖い気が・・・。」
「そう、それじゃの。お前さんはその瞬間の、自身の熱意や達成感や満足感・思い出よりもその時の己の正義や悪と行動や結果、評価を照らして自分を作ってきた証じゃろう。」
「えっ?それは・・
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